第2回整形外科編

ペットの寿命が延び、飼育環境や飼い主の意識も変化し、がんや関節疾患、生活習慣病などまるで人間の病院と同じような病気で受診するペットたちが増えてきた昨今。動物医療の業界でも新たな医療ニーズに対応すべく、高度医療・専門医療の動きが広がりつつあります。

そこで、本稿では動物の高度医療を担う獣医師が、診断や治療の最前線を紹介し、ペットの「こんなとき、どうする?」という悩みに症状別に解説していきます。

第2回目は高度・専門医療の実際―整形外科編をお届けします。ここでは「骨折」「膝蓋骨脱臼」の2つの病気を挙げ、病気の概要や症状、診断・治療方法などを紹介していきます。

 

小型犬や超小型犬に多い「骨折」

「骨折」とは

特に前足の骨である檮尺骨と呼ばれる場所で多く起こり、後ろ足のすねの骨折や、骨盤の骨折、あるいは太ももの骨の骨折もありますが、圧倒的に多いのは前足の骨折です。

かつては外で交通事故にあって骨折することもありましたが、室内飼いやリードでの散歩が徹底されてきた現在では家の中での骨折が増えています。骨折のおおよそ9割以上が家の中で発生していると考えられます。

高いソファやキャットタワーから飛び降りて、滑って転んでしまうケース、飼い主が抱っこしているときに暴れて落下してしまうこともあります。このように骨折の原因は飼い主が飼育環境の見直しや散歩のときの注意などで防げるものが大半です。

 

「骨折」の症状

最も分かりやすい症状としては挙上と呼ばれる、痛がって足を高く上げる行為が出現します。また折れた足をかばうように歩いたり、引きずったり、ケンケンする、ピョンピョンするなど不自然な歩き方をする症状もよく見られます。

このほか折れているところを触ると痛そうな鳴き声を出したり、抱きかかえようとすると痛がって怒るなどもあり、折れているところが腫れたり熱をもったように熱くなることもあります。骨折した場所によっては、排尿や排便にトラブルが起こることもあります。

歩いてはいてもどこかをかばっているような、いつもと違う歩き方・走り方をしているときは、念のため獣医師の診察を受けたほうが安心です。

 

「骨折」の診断

まず動物の体を触って診察をし、同時にレントゲン検査も実施します。レントゲン検査で原因が分からなかった場合に、CT検査も行います。CT検査をすることで、成長板の骨折や関節炎、同時に複数の場所が骨折しているケースなどレントゲン検査だけでは分からないことを確認します。

 

「骨折」の治療

骨折の治療は手術が第一選択として挙げられます。早ければ早いほど治療がやりやすく、その後の回復も早いことが分かっています。基本的に骨は動物であれば1カ月動かずに安静にすれば、自然にくっつきます。しかし、動物は体のサイズが小さ過ぎることや、毛が多いこと、動物がギプスを噛んでしまうことなど、ギプスで固定して安静にするという方法は困難です。早い段階ですぐに手術をしてしっかり治すことが大切です。

 

「骨折」の手術―プレート固定法

骨折の手術で広く取り入れられている「プレート固定法」は、骨折した部分を切り開き、ステンレス製やチタン製などの素材のプレートと、スクリューと呼ばれるネジのような医療器具を使って、骨折した骨を固定します。

骨折した骨を正確に元の位置に戻して固定することが可能であるほか、外見上も皮膚の上などに治療用の機器が露出することがないというメリットがあります。一方で、プレートの固定が悪かったり、激しい動きや力によって、プレートが折れたり、スクリューが外れたりするというデメリットもあります。

骨折した初期にこの方法で手術をすれば、非常に強力かつ安定的に固定できるため、高い治療効果が期待できます。

 

「骨折」の手術―創外固定法

プレートではなくネジのついたピンを骨に刺して固定する方法です。骨が外に飛び出てしまっているような骨折や、骨が粉々になってしまっている粉砕骨折、骨折の場所が関節に近かったりプレートが挿入できないケースなどでこの方法を用いることがあります。

骨折した場所を切開する必要がないため、動物の体への負担が小さくて済んだり、皮膚や筋肉を大きく切り開かないので、血液の供給を絶つことがなく新しい骨がすばやく作られるため、開放骨折の初期で使用可能というメリットがあります。

一方で治療中は皮膚から金属が飛び出した状態になってしまうこと、骨折線をピタリと合わせる頃が困難であり変形が残る可能性があること、長期間は入れておけないので癒合まではもっていけないことなどのデメリットも挙げられます。

手術後は一般的には1週間程度の入院と、運動機能を回復するためのリハビリテーションが効果的です。リハビリテーションは手を使った徒手療法から運動療法、レーザー治療器を使用した物理療法など複数の方法を組み合わせて行います。

 

整形外科領域における高度な医療機器

検査だけではなく、手術にも活躍する「CT検査」

CTは検査のときにも役立つ医療機器ですが、手術などの治療シーンにも活躍します。CT検査を行うことで、メスを入れる前からあらかじめ、骨折している場所がどのような状態になっているかを把握できます。

事前に体の中の状態を把握することによって、プレートをどのように曲げておけばよいか、あるいはスクリューはどこに立てるのがベストかなど、計画を立てて手術に臨むことができます。手術をする前から正確な状況が予測できるため、手術中や手術後のトラブルや合併症を減らすことができています。

 

手術時間を大幅に短縮する「Cアーム」

Cアームとは、手術中にリアルタイムでさまざまな角度から動物の体を撮影できる機器です。本体部分が動くだけではなく、アーム部分も回転するため、あらゆる角度からレントゲン写真を撮ることができるというメリットがあります。

レントゲン室に移動しなくてもすむことや、リアルタイムに腱や骨の位置を確認できるため、手術の時間を大幅に短縮でき、より正確に手術を終えることができます。

 

骨のモデルを作成する「3Dプリンター」

骨のモデルを3Dプリンターで作り、目の前に置いて実際に切ったりねじったり、固定してみるなど、シミュレーションを行うことによって、非常に難度の高い手術も事前にある程度、予測してベストな方法を決定することができるようになりました。

一般のクリニックや病院ではまだ行われていませんが、近い将来、3Dプリンターを使ってさらに高度な手術が可能になるかもしれません。

 

関節疾患で最も多い「膝蓋骨脱臼」

膝蓋骨脱臼」とは

後ろの脚の膝蓋骨と呼ばれる、人間でいうとひざのお皿に当たる部分の骨が外れてしまう状態をいいます。関節疾患の半分以上はこの膝蓋骨脱臼だといわれています。小型犬や超小型犬に多く、生まれつきの体質、遺伝などが主に影響していると考えられ、膝蓋骨や大腿骨の形、筋肉の位置などが異常だと脱臼しやすくなります。

 

「膝蓋骨脱臼」の症状

生まれつき膝蓋骨脱臼になりやすい体質や骨格などをもっていて、成長とともに少しずつ症状が進行していく場合は、初めは目立った症状が現れにくく、気づかないうちに病気が進行していることがあります。

症状が進むと痛みがでたり、歩き方がおかしくなったり、足の先が内側に向いていたり、歩幅が狭くなることもあります。病気が進行すると骨が変形して、足がO脚やX脚になることもあります。

 

「膝蓋骨脱臼」の診断

膝蓋骨脱臼の検査は、触診とレントゲン検査、歩行検査などを行います。なかには触っても脱臼の様子やどこに痛みがあるのかよく分からなかったり、レントゲンを撮っても詳細が把握しにくいケースがあります。そのようなときはCT検査や関節鏡と呼ばれる小型カメラで状態を確認することもあります。

血液検査などの一般的な検査によってほかの病気の可能性を排除することも必要です。高齢の動物であれば、同じく関節の病気であっても脱臼ではなくて感染や炎症が原因のこともあります。

 

「膝蓋骨脱臼」の治療

治療法は主に内科的治療と外科的治療に分けられます。内科的治療では、体重管理やサプリメント、鎮痛剤、抗炎症薬などの薬物治療などが検討され、症状を緩和させたり、生活の質を上げるための治療となります。生活に支障がでるほど症状がある場合は、外科的手術が推奨されます。

「膝蓋骨脱臼」の手術にはさまざまな術式があって、それらを組み合わせて行います。膝蓋骨の収まる滑車溝という溝を深くする「滑車溝形成術」や、筋肉を緩めることを主な目的とした「内側支帯解放術」(「内側支帯切離術」)、膝蓋骨を包んでいる関節包を縫い縮める「関節包縫縮術」などがあります。

<整形外科 獣医師 磯野新先生>

もしものための高度専門医療
もしものためのペット専門医療中村 泰治-Nakamura Yasuharu-

飼い主のペットに対する健康志向が高まるにつれて、動物医療に対して求められることは多様化し、専門的な知識が必要とされてきています。
内科、外科、耳鼻科、眼科……と細かく診療科が分かれている人間の病院に対し、動物病院は多くの場合、1人の医師が全身すべての病気を診る「1人総合病院」状態が一般的でした。
しかし、そこから脱却し、高度医療を担う施設や専門分野に特化した病院の増加、施設間で連携し紹介しあう体制づくりなど、人間のような医療体制が求められています。
動物にも高度で専門的な知識を提供できれば、今まで救えなかった命を救うことができるからです。
本書では、グループ病院全体で年間3000件を超える手術を行うなど、動物の高度医療を目指す獣医師が、診断や治療の最前線を紹介し、ペットの「こんなとき、どうする?」という悩みにも、症状別に分かりやすく解説しています。