第4回人工透析科編

ペットの寿命が延び、飼育環境や飼い主の意識も変化し、がんや関節疾患、生活習慣病などまるで人間の病院と同じような病気で受診するペットたちが増えてきた昨今。動物医療の業界でも新たな医療ニーズに対応すべく、高度医療・専門医療の動きが広がりつつあります。

そこで、本稿では動物の高度医療を担う獣医師が、診断や治療の最前線を紹介し、ペットの「こんなとき、どうする?」という悩みに症状別に解説します。

第4回目は高度・専門医療の実際―人工透析科編をお届けします。ここでは「腎不全」を挙げ、病気の概要や症状、診断・治療方法などを紹介していきます。

 

感染症や中毒、高齢化によって起こる「腎不全」

「腎不全」とは

腎臓の働きは、血液の中から体で不要になった老廃物を、尿を介して体外に排泄する、体の電解質バランスや血圧を調整するといったものです。その腎臓の機能がなんらかの原因で衰えた状態を「腎不全」と呼びます。

腎不全には、急激に腎臓の機能が数時間~数日の間に急激に低下する「急性腎不全」と時間をかけて機能が低下する「慢性腎不全」があります。腎臓の機能が低下すると、尿とともに老廃物を排出することができなくなって体の中に老廃物がたまります。

 

「急性腎不全」の原因

原因は大きく分けて3つあります。

1つ目は、腎前性といって、心臓病のほか、出血や脱水などによって腎臓への血液が低下することで引き起こされるものです。

2つ目は腎性で、感染症や中毒物質によって腎臓そのものの障害によって引き起こされるものです。中毒物質は例えば猫であればユリ科の植物、犬であればぶどうが挙げられます。感染症ではレプトスピラ感染症という病気が多く知られています。

3つ目は腎後性といい、尿管から尿道にかけて結石がつまることで尿が排出されず、腎臓に影響が出てしまうケースです。つまった部位により、尿管閉塞や尿道閉塞と呼ばれ、一般的に猫に多くみられます。

 

「急性腎不全」の症状

グッタリとするような、元気・食欲の低下や嘔吐、下痢があります。尿管に石がつまっている場合には、抱き上げたり、触ると痛がることもあります。

一方で腎臓が悪くなっただけでは無症状のケースも少なくありません。腎臓の機能が悪化し、尿を出すことができなくなって明らかに様子が悪そうだと飼い主が気づいたときには、すでに相当病気が進行していることもあります。急性腎不全は急激に症状が現れて、数日で命を落とすこともあるので治療にはスピードが求められます。

 

「急性腎不全」の診断

一般的には血液検査で、アンモニアや尿素窒素、クレアチニン、カルシウム、リン、電解質などの数値を調べ、腎臓が正常に機能しているかを判断します。さらに、尿検査や腹部の超音波(エコー)検査やレントゲン検査を行って、腎不全になった原因、合併症の有無を調べます。

尿管結石などが原因であれば、超音波の検査で比較的すぐに判断できます。超音波では判断しにくいような小さな結石の場合は、CT検査を行うこともあります。

 

「急性腎不全」の治療

治療の基本は、原因となる病気の判別と治療、適切な輸液療法(点滴)、栄養管理で、基本的には入院して、集中的に治療を行います。

血中の電解質やPH(酸性度)の調整、体内の水分バランスの調整、尿を作るための利尿剤の投与などが行われます。しかし、これらの適切な初期治療を行っても、腎不全が改善しないケースがあります。この場合は、血液透析が治療の選択肢の一つとなります。

一般的に動物に対しては、腎臓の機能が急激に低下しても回復見込みがある急性腎不全や、慢性腎不全の急性増悪(急激に悪化した状態)に対して血液透析を行います。

血液透析とは、体から血液を取り出して、ダイアライザーと呼ばれる装置で浄化し、再び体内に戻す治療方法です。老廃物が体内に溜まっていく尿毒症の状態になると、数時間で死に至ることもあるので、透析は一刻も早く行う必要があります。

獣医の業界では、お腹にチューブを入れて透析液を注入する腹膜透析は行われていましたが、あまり良い成績を出すことが出来ていませんでした。しかし、血液透析は腹膜透析と比べて高い救命率が期待できる治療法です。

私が5年間で行ってきた血液透析の治療結果では、1年後の生存率が犬で約3割、猫で約5割となっており、これまで救うことができなかった命を救えるようになりました。血液透析をどんどん動物の医療に拡めていきたいと思っています。

 

「慢性腎不全」の症状

慢性腎不全とは、「腎臓の障害」もしくは「腎機能低下」が3カ月異常持続している状態をいいます。初期は無症状のまま進行していくことが多く、症状として現れたときには、すでに腎臓の細胞の大部分が失われていることもあります。

症状としては、多飲多尿といって、飲む水の量が増え、尿量が増える状態になります。次にでる症状としては、体重減少や嘔吐、貧血などの症状、最終的に尿毒症まで発展してしまうとぐったりとする程の元気消失、沈鬱、下痢、痙攣などの症状が引き起こされます。

 

「慢性腎不全」の診断

血液検査、尿検査、血圧を元に、4段階のステージ分類を行い、どのステージにあるかによって最適な治療方法も変わってきます。

 

「慢性腎不全」の治療

慢性腎不全は進行性の病気で、一般的に回復することはないため、治療の目的は「腎機能の低下を遅らせること」となります。

まずは原因となっている病気(尿道閉塞や尿路感染など)がある場合は、その治療を優先します。次に低たんぱく食や低リン食などの腎臓療法食を食べる食事療法があります。脱水がある場合は摂取する水分量を増やしたり、必要に応じて点滴などで水分を補うこともあります。

腎不全になると尿が濃縮できず、水に近い尿がたくさん体から出ていってしまい、飲水では補えず、脱水を引き起こし、脱水状態になると腎臓の血液も減ってしまい悪化につながるので、脱水の改善は、非常に重要となります。

また、腎不全が進行すると、高血圧や蛋白尿、尿路感染症、高リン血症、貧血、脱水、栄養失調などさまざまな合併症が起こります。合併症が起きている場合には、腎不全の治療と併せて合併症の治療も行います。

慢性腎不全でも、なんらかのきっかけによって急激に悪化することがあります(急性増悪)。急性増悪が起こった場合は、急性腎不全と同様の治療が必要になります。

急性増悪を起こす原因はさまざまですが、数日間の食欲不振や嘔吐や下痢などでも発症する可能性があり、慢性経過をしている腎臓には、残っている細胞が少ないため、少しの脱水でも重篤な状態に陥ることを理解しましょう。

<血液透析 獣医師 三浦篤史先生>

もしものための高度専門医療
もしものためのペット専門医療中村 泰治-Nakamura Yasuharu-

飼い主のペットに対する健康志向が高まるにつれて、動物医療に対して求められることは多様化し、専門的な知識が必要とされてきています。
内科、外科、耳鼻科、眼科……と細かく診療科が分かれている人間の病院に対し、動物病院は多くの場合、1人の医師が全身すべての病気を診る「1人総合病院」状態が一般的でした。
しかし、そこから脱却し、高度医療を担う施設や専門分野に特化した病院の増加、施設間で連携し紹介しあう体制づくりなど、人間のような医療体制が求められています。
動物にも高度で専門的な知識を提供できれば、今まで救えなかった命を救うことができるからです。
本書では、グループ病院全体で年間3000件を超える手術を行うなど、動物の高度医療を目指す獣医師が、診断や治療の最前線を紹介し、ペットの「こんなとき、どうする?」という悩みにも、症状別に分かりやすく解説しています。